2020年度前期発表10 戦後日本の話題の宗教書

戦後日本の話題の宗教書

2020年7月25日発表

吉田秀登

戦後の日本では、多くの宗教書が話題になり読まれてきました。

日本では仏教系を中心に多くの宗教関連出版社があり、明治時代にはすでに活発な出版活動をしていました。仏教系出版社以外にも神道系、キリスト教系の出版社が戦前から活動しており、戦後には大学出版局や宗教教団自身も宗教書を出版しています。

宗教書では各宗派の教義や歴史を詳解する本が多いのはもちろんですが、それに加え人生相談や冠婚葬祭でのアドバイス等を僧侶・聖職者が述べる本も宗教関連書として多く刊行されています。これは一般の人びとの宗教に対する要望のあらわれとも捉えられるでしょう。

宗教書はその時代の一般民衆の宗教観を反映したものではありますが、教団・宗派の勢力を反映したものでもあります。例えば戦後昭和の時代ではつねに池田大作氏の本がベストセラーであり、平成に入ると大川隆法氏の本が売上げベストテンの常連になるのもその好例でしょう。

近年では今までとは違った傾向もあります。

少子社会を迎え今までのような葬儀・お墓管理が難しくなっていることから、葬儀やお墓をどうするべきかという問題を扱った本や、遺族に負担をかけたくないという気持ちから今までとは違うターミナルケアのあり方などの「終活」という分野の本が多くなっています。昭和・平成の時代と異なり、令和に入り宗教書の概念はますます多様になっていますが、前記の「終活」のように身近なテーマをもとに宗教について考える機会が多いというのが一つの特徴と思えます。

今でも島田裕巳氏や佐藤優氏の宗教関連の本が人気ですが、今回の発表に臨み戦後の宗教書のベストセラー史を振り返りますと、日本では神様や教義そのものを本格的に扱う本よりも生死観をめぐる本が求められる傾向があると感ぜられました。「神とは何か」というテーマの本よりも、それぞれの人生に迫る生死や、遺族となったときの心得を宗教的に考察する本のほうが注目度が高いようです。

医学・医療技術の発達にともない、看取りの問題や安楽死、脳死臓器移植の問題も継続して書籍として扱われるテーマです。これらの本には必ず宗教的な考察が必然的に併記されることになり、宗教側からの適切なアプローチがより求められる問題です。

また外国に出自を持つ住民が増えている現状から、多文化社会に適切に応じるために宗教知識が求められるのも近年の潮流と言えます。

多くの重要問題に呼応するかたちで多様化を続ける宗教書ですが、一方で小説などの文学作品やエンタテインメント分野でも宗教が大きなテーマになっています。マンガやアニメ、またゲームなどでも宗教的な背景を併せ持つ作品が多くなっています。

今回、戦後の話題の宗教書の歴史を概観した個人的感想として以下の二つがあります。

昭和23年、まだ戦後間もない時期にドストエフスキー『罪と罰』、トルストイ『復活』が売上げベストテン入りしていることには興味をひかれました(ともに河出書房刊)。戦後間もない、まだ衣食住も十分ではない時期に多くの日本人が熱心に難解な宗教的小説を耽読していることは、人間と宗教の関係について改めて考えさせられました。

そして超常現象などのアヤシイ話題に触れる本や雑誌も少なくないことにも気が付かされました。超常現象への嗜好は妄想であり一般民衆のナイーブなアドホックな仮説なのでしょう。しかしだからこそ強い生命力を持つことも感じました。「お化けを見た」「霊魂は存在する」という告白は、宗教観とは関係ないのか? という問いにはわたしのような素人には実は難解な問題です。超常現象への興味は超越的な意味論を求める人がときに邂逅する一つの精神の振る舞いとするならば、過度に無視することなく注意深く見つめるべき分野だと個人的に感じました。

現代研究会

「文化と社会に関する様々なテーマ、諸問題を取り上げ、過去から未来への歴史的視野で考察し、議論を行う」ことがこの研究会の目的です。