2019年度後期第5回現代研究会報告
2020年2月22日(土)時間:13:00~16:30
場所:立教大学
人数:11名
発表1
発表者:杉平敦
テーマ: 都市の中心から言葉が消える
要旨: この刺激的なタイトルは都市という人間集合体において「言論や対話が成立しなくなる状況」を 意味している。日本現代史におけるその例として、1960~70年代の東京で起きた二つの出来 事が取り上げられ、分析・考察された。
丸の内「美観論争」はそれまで百尺(31m)のビルで統一されていた皇居前に東京海上が31 階(128m)高層ビルを計画したことに端を発する。この論争は丸の内ビル街スカイラインの美観 を巡る景観論争から始まった。そこに政府と東京都の行政上の対立、また建築基準法等の解釈 の問題が絡み、さらには、皇居という、天皇が住む聖域の尊厳問題に発展した。最終的には25 階(99.7m)高層ビルに変更することで決着したが、意思決定の過程は混乱を極めた。途中から 論点がずれ始め、最後には議論そのものが行方不明となった。
新宿「フォークゲリラ集会」は60年代後期の若者文化の象徴である。この時代の一時期、新宿 駅西口広場はギターを片手に反戦歌を歌う若者で埋め尽くされた。ベトナム戦争が一段と激しくな った時期であり、世界中を反戦運動、反体制運動、カウンターカルチャーの波が襲った。しかし警 察は通行の妨げになるという理由でこれを禁止し、最後には機動隊が強制排除を行った。西口広 場を巡る議論において、体制側は、機能主義的に、もともと「通路」として作られたと主張したが、 反体制側は自由な言論の場としての古代ギリシャの「アゴラ」に結び付け、交流の「広場」であるこ とに固執した。しかしこの議論も理念的「広場」が消失するとやがて途絶えた。
これらの例において、大きな問題が生じた時、それを巡る議論が起きるが、結論が出ることはな く、いつの間にか忘れられていることが示された。その意味で、極めて日本的な現象である。
社会学者である発表者は、ロラン・バルトの『表象の帝国』(1970年)にある「東京の中心は空 虚だ」という意見に触発されてこのテーマを論じた。バルトの見解が妥当であるか否かは別にして 、意思決定と文化創造の場としての都市の在り方を考える興味深い発表であった。
発表2
発表者:吉田秀登
テーマ:本を書く方のための出版業界案内
要旨: 編集者として長年の経験を持つ発表者による、著者のための出版業界案内であった。はじめに 日本における出版業の現状が具体例、データと共に述べられた。日本では現在、年間約7万点の 出版物が刊行されているという。そのうち人文書は3万点である。膨大な数であるが、市場が狭く 、極めて小規模の業界である。全国で約3000社ある出版社の総従業員数は12万人に過ぎない 。過去20年間で半減したという。最大でも講談社の約900人で、売り上げは約500億円、これは 普通の産業では中小企業の部類に入る。この小さな業界はいま絶望的な危機を迎えている。現 代人は本を読まない。電子書籍化が行われてから久しいが、80%はマンガで、それでさえも売り 上げはイマイチである。さらにはアマゾンを頂点とする通販ビジネスが急激に発達し、出版社だけ ではなく、書店数もまた激減し、瀕死の状態にある。そのためすでに生き残りをかけた業界の再編 が始まっていて、いくつかの大きなグループが存在する。これらのグループは出版社だけではなく 、印刷会社、書店、学校、制作プロダクションその他を連結したものである。
次いで出版の歴史と文化が興味深いエピソードとともに語られた。本格的な出版業はグーテン ベルグの時代ではなく、19世紀以降に始まったこと、奥付が商標ロゴであること、本の定価販売 は資本の原理を否定するという考えであること、紙の本の寿命が尽きようとしていること、さらには 出版社の存続も危ういこと、等である。紙の本が近い将来、消滅するというのは衝撃的な話であっ た。だとすればその時、著作物はどういう形で公刊されるのか。すべてオンライン上で行われるの か。出版社消滅の可能性も同様である。これは文化の破壊を意味するのか。
最後に、実際に本を書き、出版するためのノーハウが述べられた。紙の本はやがてなくなる。し たがって研究成果を発信したいのなら、いま書いて出版すべきである。アドバイスは、出版社の選 び方、売り込み方、編集者との付き合い方、等、多岐にわたった。
誰もよく知らない、刺激的な内容で、有意義なレクチャーであった。
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