身延山フィールドワーク 報告編
身延山フィールドワークについての報告
大正大学綜合佛教研究所
研究員 平林二郎
現代研究会では,文化と社会に関する様々なテーマ,問題を取り上げ,各参加者が自身の専門とする視座から意見を出し合い,議論・考察をおこなっている.
2019年度後期のテーマは「地域創生」である.定例研究会は立教大学において開催しているが,今回,身延山大学の望月海慧教授の協力を得て「身延山の信仰と地域創生」を主題とする身延山フィールドワークをおこなった.
身延山は日蓮が晩年を過ごした地であり,日蓮が自ら命名した身延山妙法蓮華院久遠寺は日蓮宗の総本山として知られている。
本フィールドワークでは主に身延山久遠寺近辺について調査をおこなった.
フィールドワークの内容としては,2019年11月23日に祖廟塔,御草庵跡,三門,菩提梯,棲神閣祖師堂を順に拝観し,24日に本堂でおこなわれた朝勤に参加し,その後,奥之院思親閣などを拝観した.この他,23日の夕方から身延山第二世日向が開いた樋之沢坊にて,望月教授とともに研究会を開催した.以下,順に詳細を報告したい.
・祖廟塔,御草庵跡
身延山の西谷には,日蓮の舎利を安んじた五輪塔の御墓をおさめた祖廟塔,日蓮が9年間過ごした御草庵跡,御草庵のおもむきを後世に伝えるために一部に御草庵の古材を用い建立された法界堂などがある.
(上記写真は身延山久遠寺御廟法務所パンフレットより)
(霊山橋からの眺望)
フィールドワークをおこなった11月23日は小雨の降る寒い日であったにも関わらず,団体の参拝者や,個人で祖廟塔に礼拝する信徒が見られた.祖廟塔に向かう霊山橋の手前に祖廟を礼拝するために造られた常唱殿という殿堂がある.常唱殿には御廟法務所があり,献香献花の受付をする信徒とともに御首題・御朱印を求める若い女性の参拝者の姿も見られた.
・三門
久遠寺の三門は国の登録有形文化財に指定されており,日本三大門の1つにも数えられる.この三門には金剛力士像が安置されており,写真を撮っている参拝者が多数見られた.本フィールドワーク中(11月24日)に久遠寺にて天台大師会が開催されたため,三門に「天台大師会」の文字が掲げられていた.
三門の近くには身延山観光協会の案内所があり,案内所の協力によりアニメ『ゆるキャン△』のパネルを設置していただいた.
『ゆるキャン△』の主要な登場人物は身延町とその周辺に住んでいるという設定であり,身延山も作品中に描かれている.久遠寺も『ゆるキャン△』とCollaborationしており,身延山ロープウェイのロビーでは『ゆるキャン△』の登場人物が久遠寺を紹介する映像が流されていた.この紹介映像は久遠寺のサイトでも取り上げられている(https://www.kuonji.jp/news/minobusan2019/).
・菩提梯
菩提梯は久遠寺の三門から本堂へ至る途中にある287段の石段であり「南無妙法蓮華経」の7字になぞらえて7つの区画に分けられている.「菩提(に至る)梯」と名付けられたこの石段は高低差が104mもあるにもかかわらず,多くの信徒や観光客によって登られていた.菩提梯の写真を撮影している際に80代の信徒の方から「私でも登れたのだから,みなさんも登ってみてください」と言われたことが大変興味深かった.
2019年10月27日には,この菩提梯を登る速さを競う「菩提梯クライムラン」というイベントがおこなわれており,身延山ではこのイベントのポスターが見られた.
身延山ではこの「菩提梯クライムラン」の他に,身延山,七面山を走る「修行走 Monk's Run」が開催されている.フィールドワークの一週間後が「修行走 Monk's Run」の開催日であり,案内所などあちこちに開催案内のポスターが貼ってあった(https://www.shugyoso.com/).
・棲神閣祖師堂
棲神閣祖師堂には日蓮聖人像が安置されている.棲神閣祖師堂は東京都豊島区目白にあった鼠山感応寺の堂宇を移築・再建したものである.祖師堂は朱塗りの欄干が華やかな堂宇であり,久遠寺の境内のなかでも一際目を惹くを建築であった.
本堂に加え,この棲神閣祖師堂でも毎日朝勤がおこなわれており,24日の早朝,望月教授とともにフィールドワーク参加者も祖師堂でおこなわれる朝勤に参加させていただいた.
この祖師堂の隣には報恩閣という建物があり,久遠寺の受付・信徒休憩所などが備えられている.初日のフィールドワークの最後に報恩閣に向かったため17時頃となっていたが,我々以外にも久遠寺の御首題・御朱印などを求める参拝者の姿が見られた.
(棲神閣祖師堂と報恩閣)
・久遠寺本堂
久遠寺の伽藍は明治8年の大火で消失し,本堂は1985年,日蓮聖人700遠忌の主要記念事業として再建された.本堂内には日蓮聖人真筆大曼荼羅本尊を木造形式にした立体曼荼羅があり,荘厳な雰囲気であった.
11月24日の早朝,望月教授とともに本堂でおこなわれた朝勤に参加した.宿泊させていただいた樋之澤坊においても,朝勤に参加する信徒が「南無妙法蓮華経」という題目を唱えながら本堂に向かっている声が聞こえた.改めて身延山に対する信仰の強さを体感した.
(本堂正面)
朝勤には日蓮宗の信徒とともに海外からの観光客も多数参加していた.多くの外国人たちは,本堂において僧侶たちが一斉に唱える『妙法蓮華経』の迫力と,大太鼓の音圧に圧倒されていた.
朝勤の様子は身延山のオフィシャルサイトで公開されている.(https://www.kuonji.jp/asaji/)
オフィシャルサイトの映像でも朝勤の様子を知ることはできる.しかし,実際に本堂において『妙法蓮華経』の読経を体験するとヌミノーゼのようなものを感じた.
・奥之院思親閣
奥之院思親閣は,日蓮が御草庵から50丁の道なき道を登り,房州小湊の両親,恩師の道善
房を偲んだ身延山の山頂に建立された堂宇である.
思親閣を建立したのは前田利家の側室寿福院であり,堂宇の柱にはところどころ創建当時を思わせる金箔の跡が残っていた.
フィールドワークの早朝は小雨が降っていたが,久遠寺と同様に奥之院も信徒や観光客で賑わっていた.思親閣においても御首題・御朱印を受け付けているため,多くの観光客がそれを求めていた.
我々がフィールドワークをおこなっていた時間と関係するのかもしれないが,久遠寺の境内近辺には西欧諸国から観光に来た人が多く,身延山山頂にはアジア諸国から観光に来た人が多かった.
身延山には東コース,西コースというハイキングコースがあるため,当日も山頂で多数のハイカーとすれ違った.
(奥之院思親閣)
・身延山宝物館
奥之院思親閣の拝観後,本堂の下にある身延山宝物館を拝観させていただいた.身延山宝物館は国宝の「夏景山水図」,「曼荼羅本尊」,住吉如慶の「日蓮聖人画像」,植中直斎の「日蓮聖人絵伝」,平山郁夫の「鹿野苑の釈迦」などを収蔵しており,当日は身延山第二世日向上人縁の品々を展示していた.この宝物館では簡単な写経体験ができるため研究会参加者の数名が写経をおこなった.
・現代研究会(@樋之沢坊)
身延山フィールドワークに加え,23日の18:00頃より望月教授とともに樋之沢坊にて研究会を開催した.
研究会では筆者が「大乗仏教とは何か?」というタイトルで,大乗仏教以前の仏教の特徴,大乗仏教の興起,初期大乗経典の内容について簡単な発表をおこなった.
発表の後,望月教授に『法華経』の内容・思想について解説をおこなっていただいた.『法華経』と『般若経』との関係,『法華経』の成立と展開についての解説は初期仏教経典を専門に研究する筆者にとって大変興味深いものであった.また,研究会の参加者が質問した「涅槃とは何か」,「一乗とは何か」という質問についても簡潔にわかりやすくお答えいただいた.
・身延山フィールドワークの所感
現代研究会の一環として筆者は今回はじめて身延山を訪問させていただいた.筆者は日本各地の仏閣を訪問させていただいているが,身延山も他の仏閣と同様に参拝者の多くが60代から70代の方々であった.
団塊の世代が健康である現在は今までと同じように知名度や檀信徒の支えだけで寺院を存続させることができるかもしれない.しかし,すでに地方寺院では檀信徒の数が減っており,廃寺となる寺院も増えてきている.
今回フィールドワークをおこない日蓮宗の総本山である久遠寺が親しみやすいイメージを確立するために「菩提梯クライムラン」,「修行走 Monk's Run」などの新たなイベントをおこない,アニメとCollaborationして町おこしに貢献しようとしているのを見ると,他の寺院の多くも久遠寺を参考にした方が良いと思われる.
身延山は昨年,外国人宿泊者の数が100%弱アップしている*.フィールドワークをおこなった11月24日は天台大師会が開催されたこともあり,多数の外国人観光客が見られた.
(*よろず支援拠点全国本部(独立行政法人中小企業基盤整備機構)HPを参照:https://yorozu.smrj.go.jp/support/yamanashiyorozu_kakurinshouja/)
久遠寺の境内にある建物や主要な展示物には日本語の解説の他に英語の解説が加えられていた.身延山を訪問する外国人については丁寧な対応がおこなわれているが,久遠寺のオフィシャルサイトを見ると日本語のページと英語のページでは内容に大きな違いが見られる.現代研究会において日光の調査をおこなった際,訪日する観光客の半数はインターネットの内容を閲覧しているとのデータがあったことから,久遠寺を含め,身延町は英語のHPをさらに充実させた方が良いと思われる.
身延山の参拝者の多くは60代から70代の方々であったが,久遠寺(報恩閣),三門,奥之院思親閣,常唱殿では御首題・御朱印を求めることができるため,それらの場所では多くの若い女性の姿が見られた.この他,久遠寺の朝勤に参加した信徒・参拝者のなかには10代・20代,小学生のこどもの姿も見られた.
日本の仏教は危機的な状況にあると言われているが,このフィールドワークによって,久遠寺は新しい取り組みによって多くの参拝者や観光客を集めており,また,新たな世代にも信仰を根付かせていると体感した.
身延山フィールドワークに協力していただいた身延山大学の望月海慧教授,ならびに,多々ご迷惑をおかけした樋之沢坊の方々にお礼を申し上げ,フィールドワークの報告を終了する.
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