2019年度前期 発表8 預言者ムハンマドのミウラージュ物語と六信五行

茂木明石

発表者は、「預言者ムハンマドのミウラージュ物語と六信五行」と題して口頭発表を行った。発表時間は約40分であった。物語の大まかな内容は、預言者ムハンマドが大天使ガブリエルに連れられてメッカからイェルサレムまで一晩で旅をし、イェルサレムから梯子(ミウラージュ)をつたって天に昇り、神のもとへ至り、神から一日5回の礼拝の義務を授かり、メッカに戻るまでを描いたものとなっている。物語は、クルアーン、ハディース(預言者ムハンマドの伝承を集めたもの)をもとに後世、イスラームの学者たちがさまざまな説や逸話を加え、バリエーション豊かな発展を遂げた。今回の発表では、16世紀以降、カイロでミウラージュについて、権威あるテクストとなり、東アフリカ、東南アジアで流布していたとされるナジュムッディーン・ガイティー(1575-1577頃没)著『預言者のミウラージュ物語』の大まかな内容を六信五行と絡めて紹介した。また、議論を円滑にするために、スンナ派の枠内における物語の発展に発表の内容をとどめた。シーア派のイランやトルコでは、スーフィズムと関連して多様な発展を遂げたが、議論が複雑になりすぎるため、アラブ地域以外の地域は、考察の対象外とした。

 ガイティー著『預言者のミウラージュ物語』のあらすじは、基本的には既述のとおりであるが、イスラーム発生から1000年近い時期に書かれたこともあり、様々な逸話が盛り込まれ、ところどころにかなりの明細化が施されている。そのあらすじは以下のごとくである。ある晩、ムハンマドがメッカのカアバ神殿の中で眠っていると、大天使ガブリエルが別の二人の天使(ミカエル、イスラーフィール)を伴って彼をザムザムの泉に連れて行った。ガブリエルは、ムハンマドの心臓を取り出し、ザムザムの水で三度洗った後にミカエルに命じてイスラームの知識・信仰などで満たされた黄金の容器を持ってこさせ、ムハンマドの心臓に注ぎ込み、彼の胸を閉じた後にムハンマドの背中に預言者の封印を押した。それから、ガブリエルは、謎の怪獣ブラーク(俊足で知られる)にムハンマドを乗せ、イェルサレムへ向けて夜旅に出発する。イェルサムに向かう途中、ムハンマドはメディナ、シナイ山、ベツレヘムなどに立ち寄り、各々立ち寄った場所でブラークを降り、礼拝を行う。物語におけるこの部分は、ムハンマドが旧約、新約、ヒジュラ(イスラーム)の歴史を辿る旅となっており、ムハンマドがこののち預言者となるための前日譚の性格を備えている。ちなみに、イスラームの学者たちの間では、ミウラージュは、ムハンマドがかなり若いころに起こった出来事であるとされている。

 旧約と新約の歴史をたどった後、ムハンマドの前に火を吐くイフリートが立ちはだかるが、ガブリエルの助言を得て、ムハンマドは危機を切り抜ける。ちなみに、ミウラージュ物語の他のバージョンではイフリートは登場しない。明らかにガイティーの脚色である。夜旅は、その後、地獄めぐりの旅へ行こうする。生前、ムスリムの勤めを行った人々が死後、地獄(ジャハンナム)に落とされ、様々な責苦を受けている光景をムハンマドは目撃する。また、イェルサレムへの旅の道中、様々な誘惑がムハンマドに襲いかかり、彼を正しい道から逸らせようとするが、ガブリエルの助言・助けのもと、ムハンマドはあらゆる誘惑を退け、イェルサレムに到着する。

 イェルサレムに到着すると、ムハンマドはブラークを降り、モスク(礼拝所)に入り、天上から降りてきた歴代預言者・使徒たち、天使たちを率いて礼拝を行う。礼拝を終えると、ムハンマドに天から梯子(ミウラージュ)が降りてくる。ムハンマドは、ガブリエルとともに梯子を登って天界へ向かう。天は7つに分かれ、各天に昇るごとに歴代預言者がムハンマドを出迎える。最下天には、人類の祖アーダム、第二天ではイエス、第三天ではヨセフ、第四天ではイドリース、第五天ではアロン、第六天ではモーゼ、第七天ではアブラハムがムハンマドを出迎える。ムハンマドは第七天で神と会い、神からイスラーム(神への服従)、ヒジュラ、ジハード、喜捨(サダカ)、ラマダーンの断食、一日50回の礼拝を 命じられる。
 ムハンマドは、神からこれらの命令を受けた後、神の元を去り、天界を降りていくが、第六天でモーゼに一日50回の礼拝は多すぎるので神のもとに戻り礼拝の回数を減らしてもらうようムハンマドに言う。ムハンマドは、モーゼの取りなしを得て、何度か第六天と神のもとを往復し、最終的に一日五回の礼拝に落ち着く。ムハンマドは地上に戻り、メッカへ帰り、人々に夜旅の顛末を語るがクライシュ族をはじめとしてメッカの人々は彼の話を信じず、うそつき呼ばわりする。その中でアブー・バクルだけはムハンマドを信じ、彼を神の使徒であると認める。以上がガイティーの伝える物語のあらすじである。

 質疑応答では、この物語と史実との関係(どこまでが本当なのか?)、地獄のイメージをめぐる他の宗教(仏教、キリスト教など)との比較などが議論された。発表者は、この物語は基本的には作り話であるが、イスラームの歴史(多くは初期の歴史)が多くの場面で反映されていることを説明した。

現代研究会

「文化と社会に関する様々なテーマ、諸問題を取り上げ、過去から未来への歴史的視野で考察し、議論を行う」ことがこの研究会の目的です。