2019年度前期 発表11 芸術療法における言葉の役割
佐藤仁美
心理臨床の世界において、クライエントのかたりに耳を傾ける時、クライエントにとって意味ある問題解決に結びつく体験を積み重ねるためには、セラピストの言葉・問いかけが大きな鍵となる。
クライエントに、分ってもらえた、もっと聴いてもらいたい、といった気持を抱いて頂けるためには、セラピストは、クライエントの住む土壌を理解し、クライエントと共有できる言葉:共通言語を持つ必要がある。
時に、クライエントのかたりは、ことばでは表現しえないものも少なくない。クライエント自身の中の何かがつながりにくくなり、また、自他のつながりをも崩したりする。それらの訴えを、ことば以外の表現に委ねざるを得ないこともある。
つながりづらくなった、自己内・自他間のバランスを取り戻すためのひとつに芸術療法があり、それは、ひとつの「あいだをつなぐもの」である。
芸術療法とは、セラピスト同行のもと、「表現可能な自己の同一性を発見する旅」であり、クライエントを、象徴的表現の意味化による自己の回復へといざなう力がある。
そのほとんどが非言語的表現であるゆえに、セラピストのことばかけの役割は、クライエントの表現しがたい感情・心のあり様である「得体の知れない透明なあるもの」に対し、
「言葉の衣を着せていく」こととも言える(飯森,1990)。
言葉の糸をつむぎ、織り成し、仕立て直しながら、あるものにふさわしく仕立てていく。
つまり、セラピストは、クライエントの何らかの表現に対し、クライエントと共有できる言語表現で返していくことを通して、クライエントは、自分が存在し、他者に保証されている自分の意義を再発見していく。
大切なのは、クライント表現のシェアリングであり、ともにながめること。
共同注視:joint attention が鍵となる。
共同注視とは・・・『あの素晴らしい愛をもう一度』(北山修作詞、加藤和彦作曲)の歌詞を思い出してほしい。
「・・・あの時、同じ花を見て、美しいと言った二人の、心と心が・・・」の感覚である。
そして、最終的に、
「人と人、私と他者とが出会って、互いの『あいだ』を確認しあうのは、言葉によってである」(木村 敏、1988)
文献
飯森眞喜雄(1990)俳句療法の理論と実践 俳句・連句療法 創元社
北山 修(2005) 共視論―母子像の心理学 講談社選書メチエ
木村 敏(1988) あいだ 弘文堂
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