2022年度後期現代研究会発表5 純潔さの耐え難い誘惑:東京五輪と三島由紀夫
2022年度後期現代研究会発表5
純潔さの耐え難い誘惑:東京五輪と三島由紀夫
2022年9月24日
杉平敦
夏季五輪2016年大会の東京への招致は、市民からの支持の低さゆえに失敗した。「1964年東京大会は誰もが歓迎したのに。」そんな声も聞かれた。しかし、2020年大会の招致で、支持率は短期間に急上昇した。急激な変化の要因を断定するのは難しい。だが、「自粛ムード」の後の「がんばろう日本!」「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ」といった雰囲気が、この変化と一致しているのは確かだ。五輪開催に震災復興を象徴させた2020年大会は、同じく戦災復興を象徴させた1964年大会の記憶と重なる。
だが、戦災復興の象徴として誰もが歓迎したはずの1964年大会は、当時の世論調査を見る限り、さほど歓迎も認知もされていなかった。当時の新聞投書からも、関心や熱狂が高まったのは、実際に大会が行われた後と推測された。そして、その関心の高まりは、「日本への愛国心」や「日本選手の勝利への期待」という形でのものであった。
続いて、五輪を観戦した知識人の発言も分析したところ、右派知識人(とりわけ三島由紀夫)の発言は左派知識人のそれに比べ、今日ではそのまま理解することが困難と分かった。特に、「人間一般」と「日本人」とを対置する見方、明快なスポーツの美しさと共に明快ならざるナショナリズムも美しさを増すという見方は、今日の我々には理解しづらい。
これについて、三島と他2名の鼎談を参照したところ、五輪を通じて呼び起こされたナショナリズムを、3名ともしばしば性的な表現で語っていた。例えば三島の場合、戦前のナショナリズムは国家や民族の純潔さを称揚するものだったが、純潔を失った「汚れ」をも引き受けていくナショナリズムが出てきた、というように。だが、この「汚れを引き受ける」という態度からは、実際には三島が抗い難く「純潔」に魅了されていることが分かる。
実際、この数年後、三島は「汚れを引き受けて」生きていくことなく、何か大きなものに殉じる「純潔な」死を選んでしまった。無論、その三島が「何か大きなもの」を本当に信じていたかどうかは疑わしい。上記の鼎談に見られるように、彼の思想は、彼の選んだ「純潔な」死よりも、はるかに先を行っていた。三島は、嘘を嘘と知りつつ、その嘘に殉じることを選んだことになる。実際、いくつかの小説において、彼は嘘というものを恐れていない。嘘をつくことではなく、その嘘が露呈して現実が戻ってくることを恐れる。嘘をつかれたことではなく、その嘘がつき通されなかったことを恨む。
こうして虚構に殉じた彼の「純潔な」死の後には、彼の構想していた「汚れを引き受ける」ナショナリズムは残されていない。残されたのは、ありもしない純潔さにしがみつき、それを脅かすものを排除するナショナリズムである。このことは、スポーツ観戦に留まらず、今日の我々に重大な示唆を与えるものである。三島の死と共に失われた可能性について、今度こそ「汚れを引き受けて」生きていくことについて、あらためて考えるのも無駄ではない。
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