2021年度後期現代研究会発表9 仏教と仏教学の現在
2021年度後期現代研究会発表9
仏教と仏教学の現在
2021年12月18日
平林二郎
「これから30年後,仏教は今より厳しい状態になり,地方の寺院はなくなっていくだろう」
発表者が仏教学科の学部生だった頃,新年度のオリエンテーションの際に僧侶である仏教学の先生が上記のように話されたことを今でも憶えている.
本発表では,学部の時代から約20年が過ぎた現在,仏教・寺院はどういう状況にあるのかを報告し,僧侶・仏教学者が現在何をおこなっているのか,その取り組みの一端を紹介した.
1. 仏教の現在
・坊主丸儲け
「坊主丸儲け」という言葉があるように,「僧侶・寺院は葬儀をおこなうだけで元手なしに贅沢な生活をしている」というイメージが一般的には浸透しているように思う.
実際に,檀家に「寺を新築するから寄付をしろ」と手紙を送りつけた僧侶がいるという話が上田紀行『がんばれ仏教!』(NHKブックス,2004,pp.17–18)で紹介されており,発表者も知人が法外な布施を寺院から要求されたという話を耳にしたことがある.
祖先(・墓)を人質にして布施を強要する僧侶・寺院は極少数であるが,このような僧侶・寺院が仏教界全体のイメージを悪化させているのであろう.
・葬式仏教の崩壊
発表者が大学に入学した2000年代,一般葬(通夜・告別式)をおこなわずに直接火葬する直葬(ちょくそう/じきそう)の話はあまり耳にしなかった.しかし,2000年代後半から2010年代前半には直葬がメディアにたびたび取り上げられるようになり,島田裕巳『葬式は,要らない』(幻冬社,2010)などの本も出版された.
2017年に発表された公正取引委員会「葬儀の取引に関する実態調査報告書」を見ると,増加傾向にある葬儀の種類の箇所で直葬は26.2%増加しているというデータが見られる.近年の調査結果はないが,コロナ禍によって人が集まることを避けるようになった現在,直葬の割合はさらに増加していると推測される.
寺院をめぐる現状について,安永雄彦(『築地本願寺の経営学:ビジネスマン僧侶にまなぶ常識を超えるマーケティング』,東洋経済新報社,2020,pp.22–28)は,「個」として生きているため血縁を重視せず,「家」や地域に帰属意識を持たない「おひとりさま」が増えたことで葬儀やお墓参りが減少していると指摘している.
上記のような要因があり,浄土真宗本願寺派・曹洞宗に属する寺院は4割以上が年収300万円以下となってしまっている.「坊主丸儲け」ではなく,地方の寺院では僧侶が寺院以外の仕事に就き,そこで得た収入を寺院の維持に当てているという話も耳にする.このような状況が続けば2040年には3〜4割の寺院が消滅するだろうという予測もあり(鵜飼秀徳「「4割が年収300万円以下」お寺経営の厳しい現実」https://president.jp/articles/-/29974?page=2),葬式仏教は現在崩壊しつつある.
・消費される仏教
現在,一部の寺院では,葬儀にかわるものとして,プチ修行・座禅・Yoga・パワースポット巡りなどの宗教的実践の機会を新たに提供しはじめている.岡本亮輔(『宗教と日本人』,中央公論新社,2021)はこのような現状を,寺院がスピリチュアル・マーケットで競争力を得るため,実践を商品化している状況であると論じている.
歴史や伝統のある有名寺院・都会の寺院は何らかの仏教の実践を商品化しやすく,今後も存続し続けるだろう.しかしながら,地方の一般寺院が仏教の実践を商品化するのは困難であり,仏教実践の商品化は仏教や寺院の衰退を留める根本的な解決策とはなっていない.
本発表の終了後,発表内容について現代研究会の主催者である実松先生よりコメントをいただいた.
コメントの内容は仏教が衰退している要因は日本の文化・伝統が崩壊してきており,仏教・寺院を超えた領域の問題ではないかというものであった.
これまで現代研究会で扱ってきたテーマである「地域創生」と仏教の衰退は密接につながっている.都会・有名寺院は今のままで存続できるかもしれない.しかしながら,地方・一般寺院の多くは今後さらに衰退していくだろう.それを解決するためには,極めて困難であるが,各々がその地域の特色・特性を活かした何かを模索する以外に方法はないように思う.
2. 仏教と仏教学の現在
仏教学は仏教を研究対象とする学問分野であり,その内容は,仏教典籍の研究,仏教思想の研究,仏教文化の研究,仏教図像の研究,現代仏教の研究など多岐にわたっている.発表者の専門はサンスクリット仏教写本を扱う仏教文献学であり,本発表の内容について,他の仏教学者とは異なる見解があるかもしれないことを先に断っておきたい.
・仏教学の需要
近年の仏教関連書を見ると,教養,図解,入門など仏教をわかりやすく解説した書籍が多数出版されている傾向が見られる.
仏教をわかりやすく解説した書籍のなかには最新の研究成果を踏まえた有用なものもあるが,数十年前に否定された学説が今でも正しいかのように書かれ,多くの誤りを含んでいるものも散見される.特に後者は仏教学者以外の著名な研究者が書いた書籍に多く見られる.
このような現状を見ると仏教学者は,最新の研究成果を踏まえ,仏教の思想や歴史をわかりやすく伝えることが責務になってきていると思われる.
・提供する仏教
現在,仏教学者が中心となり研究成果を社会に還元している例としてはマインドフルネスを紹介したい.
マインドフルネスは,研究者によって定義が異なるが,仏教の瞑想を医療・教育・ビジネスに応用・実践しようとするものである.
このマインドフルネスについては,現在,仏教学者の蓑輪顕量教授,佐久間秀範教授,林隆嗣教授などが「仏教学・心理学・脳科学の共同による止観とマインドフルネスに関する実証的研究」科研費 挑戦的研究(開拓)をおこなっており,他分野の研究者を交えワークショップなどを開催している.
この他にも現在,多くの分野でマインドフルネスの研究がおこなわれており,実践方法や効果については不明な部分も多いが,心理学にマインドフルネスを取り入れることでストレスの軽減が期待され,医学にマインドフルネスを取り入れることで精神疾患(うつ病,不安障害など)の改善が期待されている.
仏教の思想や修行を直接的に何かに役立てることは難しいかもしれないが,仏教の思想や修行,寺院という場所や空間を他に活かすことによって新たなものを提供するヒントがここにあるように思う.
3. おわりに
「葬式仏教」という言葉を広めたとされる圭室諦成は著書『葬式仏教』(大法輪閣,1963)のなかで以下のように述べている.
維新以降の仏教の活きる路は,葬祭一本しか残されていない.そして現在当面している課題は,古代的・封建的な,呪術的・祖先崇拝的葬祭を生産して,近代的な,弔慰的・追悼的な葬祭儀礼を創造することである.仏教者は,この現実に眼をつぶって,いたずらに幻想の世界を彷徨している.(p.210)
この言葉を見ると,葬式仏教は形骸化し,堕落した仏教を揶揄するものではなく,僧侶への批判とともに期待を込めたものだったのであろう.
「最初から期待をしていないから仏教に満足も不満もない」このように考える人の話が上田紀行『がんばれ仏教!』(p.24)に紹介されている.仏教に不満がある人よりも,不満がないという,仏教に無関心な人の方が実際は現在の仏教に絶望しているのだろう.
2021年の10月,浄土宗妙慶院(広島市)の掲示板の写真がインターネット上で話題となっていた.
やまない雨はないとかじゃなくて
今降ってるこの雨がもう耐えられないっつってんの
アニメ・イラスト作家 谷口崇
(https://twitter.com/t2homet2home/status/1447877478693826567)
コロナ禍で多くの人がさまざまに苦悩している現在,仏教に何ができるかはわからない.それでも仏教者は耐えられない雨に入っていき,ともにずぶ濡れになり寄り添う存在になることはできるだろう.
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