2021年度後期現代研究会特別発表 アメリカのカルトとニューエイジ運動―戦後アメリカ精神史―
2021年度後期現代研究会特別発表
アメリカのカルトとニューエイジ運動―戦後アメリカ精神史―
2021年11月6日
実松克義
アメリカで日本の新宗教に相当するのはカルトと呼ばれる宗教団体である。Cult(カルト)はラテン語Cultus(崇拝、信仰)が語源である。その数は日本ほど多くはないが、それでも三千ほどのカルトが存在すると言われる。アメリカで多くのカルトが誕生したのは、アメリカが移民による多民族国家で、かつ急速な近代化、社会的変化を経験したことが主な原因であろう。しかしそれでも第二次世界大戦前までは、カルトの大半はキリスト教系であった。19世紀に誕生したモルモン教、エホバの証人はその代表である。大きな変化が起きたのは第二次世界大戦後である。1950年に朝鮮動乱が起き、アメリカの不安な時代が始まる。心理療法的カルトの先駆者、サイエントロジー教会はこの時代に誕生した。そして1963年にはJFKの暗殺が起き、ベトナム戦争が本格化する。あたかもこれと前後するかのようにカルト爆発が起きた。
しかもこの時期に台頭したのはそれまでとは異質なカルトであった。ハレクリシュナ、超越瞑想などの東洋の宗教伝統、瞑想などを売りにしたカルト、またエサレム、EST(フォーラム)などの心理療法的、自己啓発的なカルトである。反体制運動、反戦運動、ヒッピー現象、カウンター・カルチャー(Counter Culture)の流れもあり、これらのカルトは繁栄した。しかしある大事件を契機に衰退へと向かう。1978年にガイアナで起きた人民寺院の集団自殺事件である。またカルト入信者への洗脳の実態も大きな社会問題となった。統一教会は最も悪名高き例である。カルトの暴力性はその後も続き、1993年、テキサス州ウェーコで起きたブランチ・ダビディアンの銃撃・自爆事件、さらには1997年、サンディエゴ郊外で起きたヘブンズ・ゲイト大量自殺事件と続く。こうした一連の事件を経て、カルトは反社会的な宗教集団であるという認識が高まり、しだいに社会の表舞台から消えてゆく。
ニューエイジ運動の最初の起源は19世紀末~20世紀初めにかけてのヨーロッパである。この時代にスピリチュアリズム(心霊主義)、神智学、人智学等、新時代の文化現象、あるいは精神的運動が出現した。しかしニューエイジ運動が本格的な市民権を得るのは1960年代以降のアメリカにおいてである。ニューエイジ運動は二つの大きなルーツを持つ。一つはカバラ、占星術、魔術、錬金術、スピリチュアリズム、神智学等の西洋の秘教的伝統であり、もう一つは禅、ヨガ、ヒンドゥー教、易、道教等の東洋の神秘主義的伝統である。この両者が戦後アメリカ文化において混じり合い、さらにはまたSF,自然科学、心理学、人類学等も流入して、独特な発展を遂げたものである。ニューエイジ運動の範囲は極めて広く、占星術、占い(易など)、超能力、チャンネリング、UFO,超常現象、スピリチュアリズム、瞑想、自己啓発、シャーマニズム、ホリスティック療法、環境主義、心理療法(セラピー)、ニューサイエンス運動、トランスパーソナル心理学等を含む。
取るに足らないあるいはまやかしとしか思えないものも多いが、中には人間の精神的ニーズに正面から応える試みも含まれる。ニューエイジ運動の興隆はカルトの興隆と時期的に重なる。おそらくは同じ社会的要因によって出現したのである。カルトが組織化された集団による宗教活動であるのに比べて、ニューエイジ運動はあくまで個人の精神的充足、つまりスピリチュアリティの探求に留まる。しかし両者が関心を持つ内容は重なる部分が多く、社会的には同種の精神的機能を果たしてきたと思われる。すでに述べたように、カルトは暴力や洗脳を始めとする様々な社会問題を引き起こしたために、社会から拒絶され、衰退の道をたどる。しかしニューエイジ運動はその後も、時代のニーズとともに変容を続けながら、アメリカ社会の中に生き続けている。
アメリカにおけるカルトとニューエイジ運動はアメリカ社会という世界でも類例のない民族と文化のるつぼの中で誕生し展開した。様々な要因が考えられるが、その基盤にあるのはアメリカ社会における人間の孤独ではないだろうか。この社会は高度に分極化した競争社会である。確かに一方では個人の自由が存在するが、もう一方では過酷な生存競争が待っている。そしてそれは一握りの勝者と多くの敗北者を生み出す。あるカルトの研究によれば、カルト・メンバーの大半が白人、しかも裕福な白人であったという。これらの人々は物質的にはあまり不自由のない生活を送っていたが、精神的には不幸であった。カルトを脱出した人々の多くが、家庭の中よりもカルトの中の方がずっと家庭的であったと述べたという。これは示唆的な事実である。また別な研究はカルト現象をアメリカ社会におけるコミュニケーションの在り方と結び付けている。日本と異なり、アメリカは建前(Public Self)の社会である。本音(Private Self)は間違いなく存在するが、公の場においては容易に口にすることができない。その結果、本音は無意識の次元で建前の中に捨てられ、抑圧となって蓄積されてゆく。その意味でカルトは一種の社会セラピーとして機能してきたのである。
ニューエイジ運動もまた然りである。ニューエイジャーの多くもまた白人、とりわけ女性が多いように思われる。彼らもまた満たされぬ日常を活性化するための精神的な刺激、あるいは不安な心を和らげるための精神の癒しを求める。そうした目的のために何を行なうかによってニューエイジの領域は異なる。占星術やチャンネリングを信じる人もいれば、エクササイズや健康食に嵌まる人もいる。最近では心の平安を得るためのマインドフルネス瞑想(Mindfulness Meditation)が人気だという。グーグルが社員研修に取り入れたりして有名になったが、アメリカを超えて世界中に拡大しつつある。実態はよくわからないが、おそらくはヨガや座禅、あるいは自律訓練法に似たメニューであろう。ある意味でこれは1970年代に大ヒットした『奇跡講座(A Course in Miracles)』の現代版だとも言える。
最近においてニューエイジャーが注目されたのは2012年12月21日のマヤ暦の終焉である。この日にマヤ長期計算法の大周期が終わり、新しいサイクルが始まった。ただそれだけのことである。しかしアメリカのニューエイジャーがこの日にハルマゲドン(世界滅亡)が起きると信じてメッセージを発信したため、パニックに陥る人もいて大きな社会問題となった。また人類の滅亡を描いた「2012」という映画も制作された。最後にはNASA(アメリカ航空宇宙局)が特別メッセージをホームページに掲載し、人々を安心させるという事態にまでなった。我々はこの事実を笑うことはできない。これらのニューエイジャーが「狂気」の中に表現したかったのは、実は現実のアメリカ分極社会、不均衡社会に対する危機意識ではなかっただろうか。
以上は20世紀後半、特に1960年代以降のアメリカ社会におけるカルトとニューエイジ運動の出現と展開である。しかしアメリカの宗教事情は21世紀に入り新たな展開をみせる。2001年9月11日の同時多発テロを契機にアメリカの宗教地図は再度塗り替えられた。福音主義(Evangelism)を中心とする原理主義的キリスト教が急成長し、宗教全体の保守化が一気に進んだのである。この大事件のため、ある意味でキリスト教は復活した。しかし極めて異様な貌を伴ってである。その象徴的光景は創造論(Creationism)の台頭に見られる。2008年にケンタッキー州に創造博物館(Creation Museum)が建設された。さらにはまたカンサス州のように進化論が公教育において一時的に禁止された州もある。さすがにこれはその後改められたが、創造論はその後もインテリジェント・デザイン(Intelligent Design)と名を変え継続されてゆく。こうした宗教の保守化は現在も続いている。
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