2020年度後期発表9 水戸学の現代的評価-中野剛志による会沢正志斎-
2020年度後期発表9
水戸学の現代的評価-中野剛志による会沢正志斎-
竹内和正
仏教美術品の破壊、海外流出を生んだ廃仏毀釈を引き起こすに至った思想はどんなものか、これまでの発表にあった私の関心はそこにあった。
平田神道に一つの源流があるとは思っているが、天狗党などにみられる過激行動を生み出した水戸学もその源流になるのでは、としてこれを確かめようと思っていた。
最近、中野剛志の『日本経済新論』(2020年5月)で、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が水戸学、特に会沢正志斎の思想の影響を受けている、と書かれているのを発見、更に中野氏は水戸学を、プラグマティズムを備えたナショナリズムとして積極的に評価していることを知った。このナショナリズムが日本を諸外国に伍して近代化する為のバックボーンとなったというわけである。
同氏には『日本思想史新論』(2012年)という著書があり、そこでは、その水戸学の会沢正志斎の『新論』(1825年)を高く評価、その当時の国際情勢の分析、諸外国の意図の分析において優れている、としている。
中野氏は、日本の「開国」までの過程を振り返り、江戸期の日本が決して「鎖国」していた訳ではなく、オランダを通じ諸外交の動向を知り、備えていたことを論じ、『新論』が行った国際情勢分析はその蓄積の上でなされたプラグマティックなものであったとする。
朱子の儒学を批判的に見る伊藤仁斎が開き、荻生徂徠が発展させたプラグマティズムたる古学を心得た会沢正志斎他の水戸学者たちは、攘夷鎖国論を実学的、つまり、実践重視の議論として提起したというのだ。
ところでこの『思想史新論』で私の注目したのは、水戸学、少なくとも会沢正志斎は、諸外国に立ち向かうために必要な国論統一に際し、仏教を敵にすることはない、とリベラリズムを採っていた、という点であった。
仏教そのものは政治統合の妨げと低評価の仏教も、法さえ守れば許容する、というのであれば、これは廃仏毀釈の本流とは言えない。
さて、それでは廃仏毀釈の淵源はどこにあるのか、私の考えはまだまとまらない。残るは初期水戸学の徳川光圀にあるのであろうか。これは次の課題となる。
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