2022年度後期現代研究会発表14『奧賽羅(オセロ)』臺北木偶劇團+鄒慈愛(台北木偶劇団+京劇の老生(中高年男性役)の女優さんのコラボの『オセロ』について)

2022年度後期現代研究会発表14

『奧賽羅(オセロ)』 臺北木偶劇團+鄒慈愛

(台北木偶劇団+京劇の老生(中高年男性役)の女優さんのコラボの『オセロ』について)

2023年1月21日

細井尚子

22年12月24・25日、台北・台湾戯曲中心(台湾伝統演劇センター)多目的ホールで、台湾の伝統芸能である布袋戯(指遣い人形劇)と京劇の演者による『奧賽羅(オセロ)』が上演された。これは第5回「戯曲夢工房」の参加作品で、発表者はこの作品の演劇顧問として参与したこともあり、この作品の制作過程から学んだことも含め、報告したい。

「オセロ」はシェイクスピア四大悲劇の1つだが、最終幕の処理に矛盾があるため、評価の分かれる作品である。この矛盾は、執筆・初演当時の、キリスト教世界とイスラム世界の対峙、オセロがムーア人であるという設定、想定される観客のイスラム世界・ムーア人に対するイメージ、ヴェニスという土地がもつ属性などと関係する。そうしたオセロを包む諸々を捨て去り、オセロの内面に特化して読み直せば、コンプレックスと優越感は時間・空間の別なく、誰もが内にもつものであり、現在の台湾で上演する意味がある。

この作品は、演出家伍姍姍氏が、布袋戯の人形のサイズが、人の頭部とほぼ同じであることから、オセロの内心を布袋戯で表すという着想を得たことに始まる。人間の、すなわち舞台上の「今」を生きているオセロを京劇の老生(中高年男性役)の演者、鄒慈愛が扮し、オセロの内心を布袋戯で描くのだが、実際に舞台化するには多くの問題があった。

1) 脚本

 脚本の周玉軒氏は、伝統芸能の脚本家だが、伝統芸能と他ジャンルとのコラボ作品、ミュージカルなども手掛け、様々な受賞歴もある若手脚本家のトップクラスの1人である。しかし、伍氏の構想を脚本化するのは相当苦心された。完成稿は、オセロが妻、デスデモーナを殺害後から物語を始め、それ以前の物語はオセロの回想とし、オセロ自身が知らなかった事実に気づき、自身の過ちを知る、また、オセロに対峙し、批判する無形の「妄執」という役柄をあらたに加え、この「妄執」が実はオセロを客観的に見るオセロ自身とし、オセロの内心を立体化した。

2) 演技術

 京劇は扮する役柄類型によって演技術が決まっており、当該公演の場合、オセロを演じる鄒慈愛は、老生の演技術に特化している。一方、布袋戯はどのような役柄類型でも1人で担える上、中心の人形遣い1名が、すべての登場人物の台詞を担当する。観客が、人間のオセロと人形のオセロを同一人物と感じられるようにするには、各々の演技術の調整も必要だった。

3) 言語

 この作品では、京劇は中国語、といっても京劇独特の十三轍、「妄執」は台湾語の要素を加えた官話、布袋戯は台湾語の三様の言語を用いた。1人ですべての登場人物の台詞を担当する人形遣いに対する配慮から、人間のオセロと人形のオセロは異なる言葉を用いた。しかし、結果的に、これは対外的な側面、体面を考慮せねばならぬ人間の、生きているオセロと、本音で物事を考えられる内心世界のオセロ、同一人物ではあるものの、その中にある二層を表現できる効果があった。

4) 上演スペース

京劇など人間が演じる上演スペースに比べ、布袋戯の上演スペースは狭い。人形を操る者のため、ステージから一定の高さは上演スペースとできない。この問題を解決するため、舞台美術の丁昶文氏は舞台上に3段構想の枠組を作り、最上部からステージまで、VHSテープを張りめぐらした。人形は上中下段を使って上下の動きを確保し、また場面を上空から見た視点で表現することが可能となった。

一方で、横移動の動きはテープによって制限されたため、船など必要時に板状の小道具を用いて表現した。

5) 音楽

  歌については、京劇は京劇の節回し、布袋戯は北管で、全く異なるのだが、本作品では鄒慈愛が北管を学び、北管の曲調で統一した。これは京劇の演者としては珍しい試みである。また、本作品用に特化した北管の新曲も作られた。聴覚的要素として、台詞で用いる言語の相違と歌われる曲調の共有が実現し、表現力の複層性を獲得した。 背景音楽、効果音は電子音楽も活用された。

脚本の完成稿が出来上がったのが公演まで5週間弱の段階であり、そこから演出プラン、舞台美術、音響、照明、作曲、人形衣装プランなどを一挙に作り込むことになった。臺北木偶劇團は台湾で唯一楽隊を有する劇団で、公演回数も多く、この5週間弱の期間も他の公演を行いながら本公演の準備をする状態で、制作現場は非常に厳しいものとなった。

 公演前日の総リハーサルでもまだ複数の問題があり、初演開幕直前まで調整は続いた。制作側からみれば、まだ改善すべきところ、できるところは多々あったものの、「戯曲夢工房」参加作品の中では好評で、第21屆台新藝術獎(第21回台湾新芸術賞)にもノミネートされた。筆者を含め、制作スタッフはこれで再演の機会が得らる可能性、すなわち、改善すべきところ、できる所を改善し、更に完全な形で上演できる可能性が高くなったことを嬉しく思った。

台湾では、こうした無形文化だけでなく、建築などの有形文化においても、伝統と現代の融合が盛んであり、またいずれも、伝統と現代、両者を活かした融合に長けている。本公演も、表現技術は伝統に忠実であるが、表現方法、演じる内容に現代性がある。伝統芸能の現代化は、前世紀から試みも多いが、どちらかをベースにもう一方の要素を加味する方法の果実は成功例が少ない。本作品は、演出家が京劇と布袋戯、更に現代物にも精通しており、それゆえに、伝統と現代をうまく融合できたと考えられる。

現代研究会

「文化と社会に関する様々なテーマ、諸問題を取り上げ、過去から未来への歴史的視野で考察し、議論を行う」ことがこの研究会の目的です。